トップダウンとボトムアップで導く
チームビルディング × 人材育成
異分野クロストーク Vol.1
地元経営者や教育現場、スポーツ界のリーダーたちがパネル討論する「業界トップによる異分野クロストーク」。第1回のテーマは「チームビルディング×人材育成」。異分野同士の掛け合わせから、新たな発想・発見につなげてもらう。登壇者は、競技用ボールで全国シェア70%のモルテンの民秋清史社長、警備業協会の講師として延べ1万人を教え〝鬼講師〟の異名を持つリライアンス・セキュリティーの田中敏也社長、教育界からは県立広島観音高サッカー部を全国優勝に導いた畑喜美夫教諭(現県立安芸南高サッカー部監督)。ボトムアップとトップダウンの異なる育成手法を交差させ、組織を成長に導く秘訣を探る。
広島県主催の「異分野クロストーク」の第1弾。「広島経済レポート」発行の広島経済研究所が、本WEBサイト「ひろしま企業図鑑」開設記念の一環で、企画協力する。
組織の底上げへ人材育成と仕組みづくりに力
―まずはそれぞれの人材育成のポイントを教えてください。畑: 安芸南高には全600人、サッカー部には90人在籍しています。生徒自身が考え行動する「ボトムアップ理論」を取り入れ、社会に貢献できる人の育成を掲げています。子どもたちにはいつも、「人には、いてもらっては困る『人罪』、ただそこにいるだけの『人在』、役に立つけれど代わりがいる『人材』、代わりはどこにもいない『人財』があり、この仕事をあなたにやってもらいたいと言ってもらえる人財になりなさい」と伝えています。
田中: 当社も畑先生の考え方と全く一緒です。警備会社で労働集約型産業のため、いかに「人財」を増やすかを常に考えています。組織の2対6対2の法則を時間軸で捉え、5年前の上位クラスの人財が今は中位の人でもできる普通のことになり、上位はさらに質が高くなっている、下位だった人も昔の中位の人と同等のことができる、というように人材育成を通じて上昇スライドさせていく。組織自体の底上げが重要です。
―モルテンでは社員の人間性をどう捉えていますか。
民秋: 実は、不確かな人間性で社員を評価せず、仕組みで客観的に教育できる体制を整えています。当社はタイやアメリカなどに拠点があり、国によって価値観が違いますから。40代半ばの私よりも年上の社員は高度経済成長期にしゃかりきに働くことが立派なこととされましたが、今はむしろ働き過ぎは罪とされます。国や時代によって価値観は変わるため、仕組みという明確なモノサシを使って評価したいと思っています。
―畑先生は選手の人間性を見ることについていかがでしょうか。
畑:
私たちは、今から社会に出て行く年代を教えているため、倫理観、道徳心の育成に力を入れ、社会性を養うことを重要視しています。社会でやってはいけないことを犯さないよう、子どもたち自らがルールを決めています。例えば、遅刻をする人やいじめをする人は、サッカーがうまくてもメンバーになれない。社会性は人間力を磨くことであって、「知力」、「気力」、「体力」、「コミュニケーション力」、「実践力」をバランス良く育てています。
現場の選手たちが工夫する手法によって前任校の広島観音高で全国優勝を達成し、今の安芸南高でも昔は県大会に出られなかったチームがベスト8に残るまでになりました。
命を預かる厳しさ、責任を与える厳しさ
―現場の話について、田中社長は三現主義を実践しているようですね。 田中:
経営者はデスク仕事が多くなり、机上の空論に陥りやすい。これでは、かじが取れないし、指揮も執れない。そのため現場で、現物を、現実に見ることを実践しています。
人さまの生命、体、財産をお守りする制服組の仕事として指導を厳しくしなければならない面があり、大規模モールなどのオープン時には、私自身が出向いて社員へ軍隊形式の朝礼を実施。「貴様らぁ」と、部隊長と掛け合うことで士気がぐんと上がります。品質を上げる指導教育の場としては最高ですね。
民秋: 命を預かる警備業界とは違い、モノづくりの当社では、上長が恐いからやるのではプロとして失格。やるべきことのバーを自分で引いて、越えていくというのがプロ。私は、モルテンに入る全員にプロになるよう求めています。遅刻しても怒らないけれど、全てを評価します。
田中: 暴言や恐怖感を与える態度とは違い、本当の厳しさは率直で本質を突いている、見逃さない、私心がないということ。警備会社ですから命に関わる部分では恐さも出しますが、指導教育の面では本質を基に、なぜそれをするべきかを教えています。「怒る」と「しかる」の違いを意識して、感情にまかせて怒らないようにしています。
畑:
子どもたちにとって監督に言われたことを実践するのは大変かもしれないけれど、それよりもっと、自分たちで責任を持ちながら工夫して進める方が大変。私は最初、生徒に指示してやらせ、だんだんと自ら考えて積極的に動き出させる、「トップ・ボトムアップ」の手法を使っています。外的な動機付けから内的な動機付けに移行させるには、責任感を与えることで自主性を引き出すことが重要。最初はできないので、少しずつです。この責任感を与えることが、厳しさになっていますね。
選手たちに自ら練習メニューや戦略を考えさせて試合に臨んでおり、自分たちで試行錯誤したからこそ、心理学でいう「自然の結末からの学び」を体験します。その後に勝敗の原因や課題を振り返ることで、さらに強くなります。指導者は観察の目を持ちながら、時折、アドバイスして気付かせてあげる立ち位置です。
自主性を引き出し、やりたいことをやる競争戦略
―民秋社長と田中社長は自主性をどう引き出していますか。民秋: われわれは主体性をとても重視しています。10年間のロードマップを作って会社の方針を決め、個人では「マイキャリアデザイン」という自らキャリアを考える仕組みを設けています。「やりたいこと」、「できること」、「期待されること」を書き出し、3つの重なるところにキャリアをつくる。やりたいことをやるのが最も重要。スポーツもそうですが、嫌々プレーしている人と、サッカーボールをいつもそばに置いていたい人のどちらが勝つか。結果は当然ですね。競争戦略において一番強いのは、やりたいことをやること。仕事に主体性がない場合は、「本当にやりたいこと」ではないのでしょう。ただ、それはなかなか見つけられないものだし、探し出した時にやれる環境づくりも大変です。
田中: 当社は指揮命令で動く組織ですから、人さまをお守りする現場で自主性と称して好き勝手にされると混乱してしまいます。このため、数多くの規律がある。例えば服装・身だしなみの点検だけでも168項目と、日本で一番多い。ただ、おふたりの話を聞きながら、柔軟に対応する部分も必要だと思いました。規律はなぜ必要なのかを考えて実践しながら、内面の部分は自主性がないといけない。私自身、トップダウンとボトムアップのはざまで、常に悩みながら人材育成に取り組んでいます。何せ人手不足で、辞めていくし、入ってこない。今いる人たちにモチベーションを上げて頑張ってもらわないといけない。単に、給料を出すから働け、ではなく、一緒に目標を達成して喜ぶことが大事ですね。
畑: ルールは子どもたちで決めますが、多くなりすぎると自分たちの首を絞めることになります。ルールは罰則ではありません。信号機と同じで、自分たちがスムーズに動けるようにするものです。できるようになったものは削除し、最終的な目標はルールを全てなくすこと。田中社長がおっしゃるように、何のためにやるのかを意識しながら決めています。
観察とコミュニケーション、バランス感覚を養う
―声掛けなど、コミュニケーションのバランス感はいかがでしょうか。田中: 普段は現場に出ている警備員を見ているだけですね。彼らの目の輝きが曇ってくると、服装も同時に乱れてくるので、そうしたときには声を掛けます。ただ、部長や課長を飛び越して指導すると、今度は「社長が全て決めてください」と主体性を損なうことになので、悩ましいところ。山本五十六の名言「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば、人は動かじ-略-」が人を育てる神髄だと思います。
畑:
チームの人数が多く、サッカーノートとコミュニケーションノートを使ってメッセージを伝えています。教えることに答えはありません。花の水やりと同じように、与えすぎても不足しても枯れてしまう。観察をしながら良いタイミングで、声掛けをするようにしています。
また、メンバー全員を一人一役制で7つのブロックに分け、そこに環境、器具、メンタル等の各リーダー、ファリシリテーターなどを置いています。例えば、メンタルリーダーがリラクゼーションを取り入れたいとき、それを勉強してチームに最高のモノを届ける体制を整えています。私自身はジェネラルマネージャーとして、キャプテンに話し掛けます。そして、キャプテンがそれぞれのブロックのチーフリーダーに伝える組織図になっています。
民秋:
当社はグループ全体で4000人を抱え、そもそも全員とコミュニケーションをとるのは難しい。そばにいる人に話し掛けてほしいと思っています。技術者の中には、あうんの呼吸で声を掛けなくても分かる人もいる。このため、変に意識しすぎる必要はないと考えていますが、ただ、互いに「ありがとう」くらいは言ってもらいたいですね。そこで、感謝の気持ちを伝えたい相手と食事すると3900円(サンキュー)の補助が出る制度「ありメシ」を10月から始めました。
先ほどのマイキャリアデザイン制度もコミュニケーションの材料です。最初は自問自答、そしてみんなに言う。周囲に言わないと実現しませんから。ただ、やりたいことを書いたからといって、会社がお膳立てするわけではない。このため社員からの批判も多いですが、意図はゴールを自ら決めさせること。それが明確でなければ、強い意志を持って達成できるわけがありません。自分のキャリアを考えたときに、将来、どうありたいかを考えてもらいたい。
リーダーの在り方、目指すべき絵を描く
―それぞれが強いリーダーシップを発揮し、人材育成の成功につなげていると思いますが、最後に自身のリーダーシップ論を教えてください。 田中:
私は「先頭に立つ覚悟」と、「責任を取る覚悟」を持つようにしています。いつも一番前で引っ張るだけではなく、普段は幹部に任せる。困難な状況に陥ったときに自ら先頭に立つ。ずっと社長が幹部の前に立つと、何も考えなくなってしまいます。一歩引いて、させてみて、つまずいたときには全力で解決する。
責任を取ることについては、「部下の失敗は自分の失敗」、「部下の成功は部下の成功」の心持ちがあれば、正しく責任が取れる。一方で開き直りはいけないと言い聞かせています。これらは自分自身にも、幹部社員にも求めています。
畑: チームの中ではリーダーをたくさんつくるよりも、ファシリテーターづくりにテーマを置いています。中立的な立場で意見を引き出しながら、まとめられる存在です。そして、リーダーの資質は何かというと、自分ができることや、できないことを含め、現場のみんなが気持ちよく「できる」環境をつくることだと思っています。環境次第で、周りは動かなくもなり、最高のパフォーマンスを発揮してくれることにもなります。
民秋: 誰かがフォローしてくれるからリーダーになるだけであって、一つの役割と考えています。結局、良いリーダーは良い結果を出したから取り上げられるので、結果論になっています。リーダーシップ論を意識していませんが、理想論は必要。リーダーは目指すべき絵を描き、自分の考えをきちんと言える人。嫌われることもあるでしょう。社長という立場は、みんなが話を聞いてくれるため、人を横暴、ごう慢に変え得る。私はそうはなりたくない。プロは求められたら結果を出すだけ。リーダー論の是非は、正しいお父さん像がないことと一緒だと思います。
登壇者プロフィール
民秋 清史 氏
株式会社モルテン代表取締役社長 最高経営責任者。1974年、広島県出身。矢崎ノースアメリカ勤務を経て、2006年、スポーツ用品メーカー、モルテン入社。取締役兼執行役員として海外営業や経営企画、広報部門を担当し、2010年から現職。人材育成にも力を入れており、昨年度から、自分たちの将来の目標を「やりたいこと」、「できること」、「期待されること」の視点から考える「マイキャリアデザイン」という制度を導入。常に学習し続ける組織を目指している。
田中 敏也 氏
リライアンス・セキュリティー株式会社代表取締役。1960年、広島県出身。広島市内の大学を卒業後、オフィスコンピューターの営業、警備会社の役員を経て2000年6月に独立。長年警備業協会の講師を努め、その受講者は全国で延べ1万人に上り、「鬼講師」の異名を持つ。2002年8月、リライアンス・セキュリティー株式会社を設立。お客さま満足を実現するため、自ら三現主義を実践すると共に、他社の追随を許さない徹底した社員教育を行い注目企業となる。2018年6月より、広島県警備業協会の副会長、広島県警備業協同組合の理事長に就任。
畑 喜美夫 氏
広島県立安芸南高等学校サッカー部監督。1965年、広島県出身。広島県立広島観音高校にて、2006年サッカー全国総体優勝。U-16日本代表コーチ(’09)。自身もU-17・U-20日本代表としてアジア大会に出場し、ソウルオリンピックの日本代表候補にも選出。生徒の自主性を重んじたボトムアップ理論の提唱者として、活躍の場を広げている。安芸南高校赴任後、同指導法により、わずか4年で、年間順位県60位ラインを7位、県4部リーグをトップリーグにまで昇格させ、シード校を獲得するまでに成長させる。