湯崎知事と広島経済を語る
「広島発のイノベーションを起こす 」<前編>

広島経済レポート3000号特別企画・保存版

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※ 2016年2月、経済情報誌「広島経済レポート」発刊3000号で行われた対談を公開。

 新たな価値を創る「イノベーション立県」を目指す広島県。湯崎知事と、経営革新に挑む地元企業トップにイノベーションの考え方、その具体的な取り組みなどを語ってもらう。

湯崎「イノベーションが次々と起こる土壌をつくっていく」 

森信(司会、以下「司」):まずは県が「未来チャレンジビジョン」の中で掲げる、イノベーションについて聞かせてほしい。

湯崎:昨年10月に改定した未来チャレンジビジョンの中で、新しい目指す姿として「仕事でチャレンジ!暮らしをエンジョイ!活気あふれる広島県~仕事も暮らしも。欲張りなライフスタイルの実現~」を掲げた。
 よく言われるワーク・ライフ・バランスは得てして、「日本は働き過ぎだから仕事を少し抑えてライフを充実させる」という意味で捉えられがちだ。「ゼロサム」(一方の利益が他方の損失になり合計でゼロ)になってしまっている。そうではなく、仕事ももっと充実させ、ライフももっと充実させることが大切。100をどう分けるかではなく、100を150にして、より良くしていく。それこそが日本が目指すべき新しいライフスタイルだと思う。
 そのために必要なことが、イノベーションだ。人間には1日に24時間しかなく、時間を有効に使わなければいけない。従来と同じ働く時間でそれ以上のアウトプットを出す、または同じ質で時間を短くする。イノベーションを起こし、生産性を上げていくことが基本的な考え方だ。「イノベーション立県」の実現のために、人材、環境、産学官連携などが必要で、総合的に進めていく。イノベーションが次々と起こる土壌をつくっていきたい。

佐々木:メーカーとしてイノベーションを挙げれば当然、商品・技術開発が思い浮かぶ。だが、当社のイノベーションとは何かと改めて考えたとき、アプローチの仕方ではないかと思う。お好み焼きの普及活動がそれだ。
 もともとはソース屋で、そのソースを売るために、お好み焼きの普及に取り組んできた。約30年前に研修センターを開設。お好み焼き店の開業を支援する〝道場〟で現在、全国8ヵ所にある。お好み焼き業界の活性化のため、毎年知事にも来てもらう「お好み焼提案会」も開催している。最近では「広島てっぱんグランプリ」(広島経済同友会が主催)などで各地のお好み焼きを発掘し、まちおこしにつながる、ご当地グルメへのアプローチを強化した。
 2008年に開設した「Wood Eggお好み焼館」は、お好み焼きの歴史を見て知り、体験するパビリオンとして年間約1万6000人が訪れる。14年には、「(財)お好み焼アカデミー」を設立し、産官学の連携でお好み焼き振興に努めている。今、お好み焼きは観光資源となり、冷凍お好み焼きの全国発送など、新たな産業形態も発展し、名物の域を超えつつある。

森信(司):県は、お好み焼きに使われるキャベツの増産に取り組んでいる、と聞いているが。

湯崎:現在、キャベツの県内自給率は7%しかないが、県内でキャベツ栽培ができないわけではない。需要は高く、半分以上を県内産にしていきたい。
 暖かい沿岸部から寒い山間部まで段階的に県内各地で生産することで、通年で生産・供給ができる体制づくりが理想。流通チャネルの構築や出荷技術などを含めてイノベーションを支援していく方針だ。地元の担い手や企業参入、カット野菜工場の進出など、いろいろな形が想定できる。地産地消を進めていきたい。

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森信(司):情報通信産業でのイノベーションは?

内海:IT産業は変化がすさまじく、毎日がイノベーションと言える。変化に対応できなければ、すぐに置いていかれる。ただ、他産業にない唯一の強みは、サービスの対象(事業構造)をその時々の成長産業、いわゆる昇りのエスカレーターに簡単に移し換えられることだと思う。私がITの業界に入ったのは28歳くらいで、インテルがマイクロプロセッサ「4004」LSI(高集積回路)を発明したという新聞記事を見たときだ。これを使えば頭で考えたことが何でも実現できると思って独学した。現在、当社は医療関連に特化しているが、設立当初はガソリンスタンド向けのパッケージシステム、その後、養豚業者向けのパッケージ開発を手掛けた。畜産業界は当時、大規模化し始めており、感覚でやっていては生き残れない。豚の交雑効率(繁殖の生産性)を高めるためのインデックスを作り、数値で管理をした。生産性の悪いものは入れ替えるなど、生産管理支援を行った。
その後、調剤薬局システムへと、医療分野へ事業構造を移していった。そして16年前、厚生労働省の方から「これからは高齢化社会を迎え医療費が大変な時代が来る。健康増進管理をやらないと社会保障に大きな問題が出る」という話を聞いた。今、国が横展開しようとしているPDCA(計画・実施・評価・改善)サイクルで行う効果的な保健事業「データヘルス」がまさにそれだ。当社が全国で初めて手掛けたジェネリック医薬品の通知サービスで使用したレセプトデータ(診療報酬明細書)情報には、宝の山があるのではないかと気づいた。このデータなどを活用して重症化予防事業など、呉市や全国健康保険協会(協会けんぽ)広島支部で成果を挙げた「データヘルス」が完成した。
 振り返ってみると事業構造の変革、イノベーションは多くの人との出会い、「縁」なくしては決してできなかったと思う。全て人との出会い、「縁」があって結果となっている。

森信(司):データ活用のイノベーションに関連して、「ビッグデータバンク創造・活用特区」に選ばれた県の展望はどうか。

湯崎:まさにデータヘルスは、ビッグデータに意味を見いだし、活用した好事例だ。特区に選ばれたことは医療を含めて多くの分野で、新たなビジネスを生む大きなチャンスと捉えている。データホライゾンの養豚業者向けはおそらく、養豚のプロセスを改善する「プロセス・イノベーション」だったのではないか。一方、ビッグデータに関しては、データそのものに価値を見いだしていく「プロダクト・イノベーション」的なものだと思う。プロセスの改善ではなく、データそのものから価値を生み出すプロダクトのイノベーションだ。データヘルスもまさにそうだ。ぜひ多くの県内企業に実践してほしい。

森信(司):新興国で開発し、新興国に加えて先進国でも事業展開する「リバースイノベーション」という言葉がある。同じように、広島という地方発のデータヘルスが東京へ進出し、全国へ広がっていくのはすごいことだ。

湯崎:呉市や広島県がデータヘルスの分野で、世界の最先端となっている。

内海:広島に役者がそろっているから舞台も広島で、モデルをつくりたい。

湯崎:イノベーションの歴史をたどると、イギリスの産業革命の後、第二次産業革命のようにドイツ、フランス、アメリカなどで次々と起きていった。現在はアメリカのシリコンバレーがイノベーションの中心に。これらには明らかに特性があり、イノベーションが次々と起こるためには、個々の企業がイノベーションを社業にとどめるのではなく、内海社長が言われたように出会いによって異なる技術や考えが結びつく土壌が必要だ。
 県では、14年度から「ひろしまイノベーション・ハブ」の取り組みを始めており、革新を目指す人材が講師を交えて「イノベーション・トーク」やワークショップを実施。「イノベーターズ100」もスタートさせ、若手が具体的なビジネスを題材に自社の新事業創出に向けて研さんしている。いずれも革新的なアイデアの創出や出会い、刺激を与え合う交流、つながりが持てる場づくりを図っている。

森信(司):県内の高校生が他国の学生や、企業・団体・大学などと協働してプロジェクト学習に取り組む、「広島創生イノベーションスクール」を15年度から始めているが、その狙いは。

湯崎:イノベーションを起こすには、発想の枠を打ち破ることも必要になってくる。1つの考えに固執しては新たな物は生まれない。高校生に限らず、幼い頃から発想ができる教育が大事だと思う。

佐々木「非効率でも、ファンづくりを目指す」

森信(司):各社のブランディングはどうか。

内海:商品名は覚えやすくイメージしやすいものが良い。養豚向けシステムは「システム・ザ・ポーク」に、医薬分業の保険薬局向けシステムは「ぶんぎょうめいと」、呉モデルと言われていたデータヘルスは「ヘルスケアやまと」(呉市の軍艦大和から)とした。社名の由来は情報の「データ」と、個人的に好きな海の水平線の「ホライゾン」。

佐々木:当社は実は、何年か前から「ブランドづくり」をやめた。下手に作り込んだり磨き込み過ぎると、何かあった時にブランドが復讐する。作り込んだブランドにそぐわないことがあると、お客さまも裏切られたと感じる。理想は、広島東洋カープさん。広島の人の多くは、負けても負けてもカープファン。結局、ブランド像はお客さまの頭の中や印象としてあり、会社側が一方的に掲げるものではないと思う。ブランドづくりではなく、ファンづくりを目指している。そして、ファンづくりの方法は非効率であっても、いろいろなところでお好み焼きを焼いたり、味わってもらったりと、直接的なコミュニケーションしかない。

重道:保育業界で民間といえば一般的に社会福祉法人を指し、株式会社は「もうけのために運営しているのでは」と思われがちだ。だが、企業が参入して単にプレーヤーが増えただけの状況にしたくない。社会福祉の精神を事業の根底に強く持ち、利用者の立場に立った株式会社ならではのサービス面を充実させていく。子どもにとっての最善の利益と共に、頑張っているお母さんの一番の応援団になりたい。

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