湯崎知事と広島経済を語る
「広島発のイノベーションを起こす 」<後編>

広島経済レポート3000号特別企画・保存版

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※ 2016年2月、経済情報誌「広島経済レポート」発刊3000号で行われた対談を公開。

重道「イノベーションを起こせるのは、自分の可能性を信じられる人」

森信(司会、以下「司」):知事は自ら「イクボス宣言」をしたが、「仕事でチャレンジ!暮らしをエンジョイ!」で重要になってくる、仕事と家庭の両立支援について。

湯崎:重点の置き方は人それぞれだが、仕事とライフ(家庭)のどちらも充実させていくことが、県民1人1人の幸せにつながる。県庁でも進めているが、自身の職場と同じように業務できるLAN・WAN(広域通信網)オフィスをはじめ、モバイル端末によるテレワーク制度などといった、どこでも働ける環境整備が必要だ。また、ライフイベントに合わせて休みを取るためには当然、上司の理解が必須となる。「イクボス宣言」はこうした理解の広がりを目指しており、今後も両立支援の普及を促していく。

森信(司):3月には県庁東館1階に託児所ができ、アイグランが運営を受託すると聞いている。保育へ事業を革新していったきっかけは何か。

重道:今年創業50周年を迎え、私は2代目。父が病院向けテレビのレンタル事業をやっていたが、私が入社した時、これ1本では厳しくなる日が来ると直感。前職の商社の経験を生かし、スーツケースのレンタル事業を始めた。しかし、2001年にアメリカ同時多発テロが起きて海外旅行が激減し、スーツケースのレンタルが落ち込んだ。私の使命は社員の雇用、生活を守ること。何とかしなければと考えを巡らせていると、病院内で保育所を開いた会社の記事を読んだ記憶が頭をよぎり、病院向けテレビレンタルのネットワークを生かして当社も何かできるのではないか、と。その会社を訪ね、指導してもらったのが、現在主力の保育事業のきっかけとなった。同時多発テロから1カ月でスーツケースレンタルの売り上げは回復したが、あの時、1カ月で元に戻って良かったと安堵するのではなく、危機感をバネにして新しいことにチャレンジして良かったと思う。もしあの時のチャレンジがなければ、現在と全然違う状況になっていただろう。

森信(司):オタフクソースの社内にも託児所があるが、設置の経緯は。

佐々木:私が社長に就任した10 年前は女性管理職がほとんどおらず、原因を探り、自社で掲げた「エンゼルプラン」(子ども・子育て応援プラン)の障害となるハードルを1つ1つ下げていった。そして約6年前、最終まで課題として残った託児所を設けた。その際、メーンバンクの支店長から「単に預かるだけではオタフクさんらしくない」と言われ、頭をガーンと打たれたように考えを改めさせられた。食育や情操教育などを取り入れないといけない、と。その時、重道社長の保育に対する熱い思いを聞き、形にしてくれるのはこの人しかいないと思った。

重道:いえいえ。現在は青森以西で事業所内保育所が200カ所以上になりましたが始めた当初は、無い無い尽くし。あったのは思いだけ。ただ、志と思いが最初にあったからこそ、(今の保育サービス事業の)仕組みができたように感じる。子どもたちがどうにか、寂しくならず、明日も来たいと思ってもらえるように、今頑張れることを一生懸命やろう、という一心だった。私は、1回の人生だから自分がやりたい仕事をやって死んだほうがいい、と思う。
 私自身、こだわりを持って人とかかわり、先輩経営者から、非常に多くのことを学ばせていただいてきた。イノベーションを起こせるのは、自分の可能性を信じられる人だと思う。自分だったら何かできる、と自信や自己肯定感を持った子どもたちをたくさん育てていきたい。また、小さな子どもにとっては特に食べる意欲や食べる力が生きる力と同義で、つまりは生きる力を養う食育が大切になる。
 イノベーションをどんどん起こす大人が輝き、それを見た子どもが大人に憧れる社会。早く大人になりたいなと思うような社会。子どもが憧れる大人が増えることが、イノベーターが増える近道ではないか。

湯崎:両立や子育て支援の課題を挙げるだけではなく1つ1つ実践していくのは難しいことでもあるが、経営者の思いをアイグランのような会社が実現していく、思いが結びついていくのは素晴らしいと思う。こうしたことが社会の変革につながっていけば。

内海「全てのイノベーションは人との出会い、縁から始まっている」

内海:イノベーションと思い、という話があったが、イノベーションのきっかけは人との出会い、「縁」だと思う。射程距離に入ってきた「縁」に気付く人と気付かない人がいる。その一番の違いは志があるか、ないか。志があればその志を遂げるための「縁」、人との出会いに気付く。
 1982年に会社を設立し、最初はもうけてやろうと思っていた。しかし1年後には、労働集約型産業の中で、社長として社員を定年まで食わせていかなければいけない、高収益型の事業構造をつくるしかない、という思いが強くなった。当時、当社と同じようにガソリンスタンド向けシステムを開発した人は他にもたくさんいたが、それをパッケージとして事業化したIT企業はほとんどなかった。高収益事業構造をつくるという志がなければ、この「縁」をパッケージにはできなかった。その次の養豚業者向けのシステムも一緒だ。私は豚のことが分からない、依頼を受けた先方はコンピューターのことが分からない。半年間、何度も行き来した。先方に2000万円ほどのコストを掛けてもらい、ひと段落した頃、これだけコストを掛けてもうかるんですか、と先方の社長に聞いてみたところ、「半年間、ああだこうだとやっているうちに、元を取りました」と。先ほど知事の言われた、プロセス・イノベーションの成果が出た。当時の養豚業には、コンピューター自体導入されていない。事務のない世界に、データを取るという事務が入ってきた。当時の、コンピューターの投資メリットを事務の合理化で得ていた時代にまったく逆行した発想だった。データをかき集め、生かすことで無限の付加価値を生み出す。OA(オフィス業務の情報化・自動化)の発想とは全く違う。養豚業界のイノベーションを当社は支援した。
 企業が存続するためには常に市場の変化と顧客の要求の変化に合わせて、事業構造をつくり変えていかなければならない。顧客の事業をイノベーションさせることで、わが社がイノベーションするのが真のイノベーションだと思う。全ての物事は「因」(物の見方や考え方)によって始まり、「縁」(人との出会いやかかわり)によって結果となる。

湯崎:イノベーションは運の要素も大きいが、運は自分で手繰り寄せられる。それをつかむには、内海社長の言うように縁が大事。一生懸命考え、頑張っているうちに感性が磨かれ、アンテナがピピッと立つ。一生懸命にやってないと縁に気づかないし、運もやってこない。

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湯崎「観光にビッグデータ活用し革新へ」

森信(司):知事は長年、瀬戸内を資源とした観光振興に取り組んでいるが、沿岸7県でつくる「せとうちブランド推進連合」の「(社)せとうち観光推進機構」への社団法人化の狙いは。

湯崎:観光そのものが新しい時代の経済的な柱の1つになっている。これに加え、歴史などを含めて自分の住む地域の良い物を人に評価してもらうことで、自分たちもうれしくなり、誇りが生まれてくる。経済的にも社会的にも重要な意義を持つ。これを実現し、海外の旅行客を取り込むためにも瀬戸内を1つの観光エリアと捉えた取り組みが必要だ。瀬戸内の景観は世界でも、たぐいまれに美しい。
 4月に移行する、せとうち観光推進機構では、米国や欧州で見られる組織形態「DMO」として、効果的に観光振興を進めていく。行政だけではなく民間のアイデアも必要で、機構の会長はJR西日本の佐々木隆之会長に、事業本部長は「じゃらんネット」を立ち上げた村橋克則氏に依頼した。さまざまなデータを活用し、戦略策定やマーケティング、商品造成、プロモーションなどを一体的に行う。

佐々木:知事の言うように、本当に瀬戸内海は魅力にあふれている。だが、地元の小さい子どもが海に触れ、接する機会がどれだけあるかを考えると、課題が浮かんでくる。海岸がどんどん立ち入り禁止になり、手軽に釣りができる場所も減っている。「近説遠来」(近くの者がよろこぶことで、遠くから人が来る)で、周囲から人を呼び込むには、まず地元の人が楽しむこと。昨年、地元の人も手軽に海に触れられるフィッシングパークの整備を、広島経済同友会観光振興委員長として提言した。イノベーションには感性が重要という話があったが、子どもの頃から感性を養うのに潮を読む釣りは最適だ。
 インバウンドに目を向けると、広島の外国人観光客の5割が欧米客。平和記念公園で観光客に、焼け野原から復活した人々の活力や明るさをストーリーとして伝えたい。お好み焼きもそうした文化の1つとして食べてもらえれば。

湯崎:お好み焼きも単に食べておいしいだけではなく、焼け野原から始まったストーリーとして触れてもらうことで、観光客により深く味わってもらえる。
 県は、内海社長の得意とするビッグデータを、観光に生かそうとしている。観光客がどういう所に立ち寄り、行動し、何をしたら変化が起こるのか分析して活用したい。

内海:ビッグデータ利用促進のための法整備も、昨年9月の改正個人情報保護法で行われ、2次利用などで使いやすくなると予想される。今後、知事の言うように観光を含め、ビッグデータがビジネスにつながる時代が近い。

森信(司):さっそく、イノベーションが起きそうだ。さらに観光分野を革新していくには、学校の観光経営科の設置が増えることなども必要だと思う。

湯崎:教育は小さな頃、幼児から始めることが重要で、これに加えて当然、今働いている人の育成も必要だ。4月に県立広島大にMBA(経営専門職大学院)を開設する。実践的な「ひろしまイノベーションリーダー養成塾」も15年度から開始。今すぐには無理でも30年、40年後には広島をイノベーターであふれる街にしたい。