広島教育界の先駆者に学ぶ
「未来に勝てる人財育成法」

広島人材採用・育成力向上プロジェクト 広島教育界の先駆者による対談

【登壇者】畑 喜美夫 氏((社)ボトムアップパーソンズ協会代表理事)
     峯 岳徳 氏(鷗州コーポレーション社長)
【司 会】藤岡 佳子 氏(TONOERU代表)   
 
 「ボトムアップ理論」の提唱者で教諭時代に県立広島観音高校サッカー部を全国制覇に導いた、(社)ボトムアップパーソンズ協会の畑喜美夫代表理事と、「良き敗者たれ」を教育理念に塾経営を手掛ける鷗州コーポレーションの峯岳徳社長が対談した。企業の最重要課題に挙げられる人材採用・育成について、さまざまな学びの場を提供する「広島人材採用・育成力向上プロジェクト」の第2弾。人材を育て、企業という組織を一つにし、最高のチームをつくる秘けつを探る。
(主催:広島経済研究所  協賛:ビズリーチ  協力:東京海上日動火災保険中国支店)

鷗州塾の教育理念 「良き敗者たれ」に込めた意味

峯: 塾は合格実績を求めるのに、「良き敗者たれ」の言葉尻だけを見て不合格になることがよいのかと思われるかもしれませんが、そうではありません。私の教え子たちの中にも、中学・高校入試が全部ダメだったという子がたくさんいます。その中である男の子をご紹介しましょう。
 その子はアメリカの医師国家試験に合格しました。ですが中学・高校入試は残念ながら思うようにならず、東広島の公立高校に進学しました。そしてその高校から創立以来初の広島大学医学部医学科に現役合格を果たした。後にも先にもその高校からはその子だけです。それから大学3年生のある日、泣きながら私を訪ねてきた。訳を聞くと同じ広大医学部医学科の彼女にフラれたとのこと。彼はどうやって見返したらいいかと考え、日本の医師免許の上を行こうと、アメリカの医師国家試験を受けることにした。日本の医師国家試験に受かった後で、7回チャレンジをしてアメリカの医師国家試験に合格しました。
 彼は中学・高校入試の過程においては実を言うと敗者です。さらに女の子にフラれた敗者かもしれない。けれどもひょっとしたら最終的に奥さんをめとってアメリカの医師国家試験に受かったという勝者かもしれないのです。私からすると、彼は良き敗者=勝者です。逆に悪しき勝者もたくさん見てきました。中学・高校入試で最上位校に受かり、国立大学の医学部医学科に合格。ところが途中でやめてしまう。なぜそんなことになったのかと言うと、偏差値で一番上が医学部医学科。だから自分の頭の良さを試したかった。医者になりたくてなったわけじゃないのできっと途中で挫折した。何が勝ちで何が負けかを考える必要がある。どれだけ幸せな人を輩出できるかがポイントのような気がしています。

-畑さんも「グッドルーザー」という言葉を大切にされていると聞きました。

畑: 潔く負けを認めるということは大切ですね。スポーツの中でよくあるのが、負けた時に監督や審判のせいにすること。こういう潔の悪いチームはなかなか伸びないです。敗者は勝者をたたえる。ヨーロッパのスポーツではほとんど、このグッドルーザーが基本です。こうしてスポーツの選手を人間的に成長させなきゃいけないのですが、日本の場合はまだまだ不十分だと思います。

自らが考え、行動する人材 育成する秘けつとは

-畑さんの教え子の部室の整理整頓が1日1日レベルアップするのは何か秘けつがあるのでしょうか。

畑: 基本は心づくりと習慣づくりです。例えば荷物整理や3S活動、あいさつなどですね。その中でも荷物整理は見える化しやすいんです。これも根底にあるのは、自分たちをすてきにしようっていうキーワードだけなんです。「一隅を照らす」という言葉があるように、せめて部室が照らせないとあの広いサッカーコートは照らせないよね、と伝えていく。掃除は何のためにやるのかも話します。そうすると靴の並べ方一つとっても、最初はただ整列して並んでいるだけだったものが、感性を生かしてデザインするようになる。物事はワクワクしてやろうと伝えると、自然とそうなっていきました。

-鷗州塾では何か習慣としていることはありますか。

峯: 良い結果を残した教師には、なぜそうなったのかを公開してもらっています。そしてそれを称賛する。ギブアンドテイクでいうとギブの世界です。二十数年前は皆が自分の手の内を隠していました。そこで、どんな先生が素晴らしいのかということをきちんと規定し、全社員に何度も何度も伝えていく。一人の先生がすごくてもあまり意味がありません。当社には一人の先生の成功体験を皆が共有することで、全員が集合して天才になる「グループジーニアス」という文化があります。

-失敗事例も含めて全て公開されていると聞きました。

峯: そうです。取捨選択せずに全て公開しました。人のふり見てわがふり直せというか、ドキッとすることが多いと思うんです。人からやるなと言われるよりも、他者のふり見て自己規制する方が余程強いので。

-塾生さん向けにはどうですか。

峯: 昔は中3の最後の卒業の時に将来の夢を書いてもらっていました。忘れかけた3年後くらいに本人に向けてファクスします。そこには「(医者になって)がんを治す」と書かれてあります。でもその3年後に適当にしているとマズいと気が付く。かつての自分の決意が未来で自分を駆り立ててくれるんです。
 今では、それぞれの夢を含めて組織的に電子カルテで保管しており、プロゴルファーになりたいと書いた卒塾生の渋野日向子さんはゴルフの世界大会で優勝しました。こうした事例を分析すると、具体的に書くことが大事だと分かってきましたが、失敗事例ももちろんあります。先輩のそういう事例も全て後輩に出しています。
 企業の場合、1年間の目標を社員に書いてもらって全部張り出す。そして、お互いを見て刺激し合うことも有益ではないでしょうか。

-成長に導く良い緊張感を与えるコツはありますか。

畑: 自分たちで目標・目的を決めていくということだと思います。人が決めた目標は評価や賞罰などの外的動機付けが多い。一方、自らがつくった目標・目的は内的動機付けに当たり、自分が本当に心から実現したいと思っているため、自己責任です。指示命令型から「認める」、「任せる」、「考えさせる」という風に移行していくと、メンバーや戦略、年間計画、習慣も全部自分たちで決めてトレーニングし、自分たちの目標である県のチャンピオンや日本一を目指すわけです。僕がいるからサッカーしているのではなく、自分たちで決めた目標に向かって自ら考えて行動するというところが大きい。だから案外、僕が現場にいるよりもいない時の方が緊張感がある。僕は緊張感と土台づくりを大事にしていて、「畑先生がいなくてもいいじゃないですか」と言われた方がうれしいんです。上の人が現場にいるから社員が頑張らなきゃいけないというのではなく、自分がいない時にもきちっと現場が動くような組織づくり・緊張感づくりが大事だと思います。

-任せてみることが大事ということでしょうか。

畑: 80人の部員がいる中、一人一役制、全員リーダー制を取り入れていました。例えばユニホーム係やウォーミングアップ係など、全員がリーダーで全員がキャプテンです。普通は、人数が多いチームの80番目の選手なんて自分の居場所がないですが、こうするとチームで自分の居場所がきちっと定まるんです。自分が「その組織にどういう風に貢献していくか」というものをきちんと与えると、子どもは主体的に動き始めます。そして一人一人が導き出した目標は全部張り出す。そうすると例えば5人それぞれの目標がある中、Aさんの目標に対して残りの4人が自分はどう貢献できるかを考えるようになる。要は自分の目標と人の目標にも自分が貢献できるということです。こうすることで「自分のため」と「人のため」というキーワードが連動していったと思いますね。スポーツはそうしないと成り立たない。チャレンジアンドカバーというか、人が困っていたらすぐ助ける。今、私がビジネスとしてやっているのはサッカーチームみたいな組織をつくることです。

-学問を自ら進んでやらせるのは難しいのではないですか。

峯: 学問はきっと「暗記させられる」、「誰よりも早く問題を解かされる」。それが分かれ目だったじゃないですか。これが今の日本の現状を招いているので、そこを脱却し、興味を持って考える力の最初の背中を押してあげると生徒は勝手にやります。東北地方の入り組んだ海岸はリアス海岸と覚えさせられました。でもふと立ち止まって、何で日本なのにカタカナなのか。何で東北階段式海岸じゃないのかと。徳川家康、徳川秀忠、徳川家光、なぜ二代目は「秀」なのか、ということを考え、ちゃんとそれに対して楽しさを与えることです。

挑戦を楽しみ わくわくする環境を

-人材育成の成果がなかなか現れなくて悩んでいる管理職の方にアドバイスをお願いします。

畑: やっぱり現場の社員が気持ちよく仕事できる環境がつくれているか、それだけだと思います。要は現場がわくわくと仕事していますか、ということ。わくわくの定義は常にポジティブで、挑戦を楽しみ、仕事に対して成長を感じている状態です。全国大会に行っても勝ったらガッツポーズするのは監督やコーチだけで、指示命令でやらされて全然喜んでいない選手がいるチームなんてごまんとあります。これって本当に楽しいのでしょうか。従業員さんも上司の方々もまず、自分たちの夢と希望に向けてわくわく過ごされているかが大事です。日本の中学生はアメリカなどに比べて、自己肯定感などが著しく低い。そこを僕たち大人の社会の中で、大人って楽しい、仕事って楽しいよ、と子どもたちに見せていけば、社会がどんどん変わっていくんじゃないかと思います。

峯: まず私自身がわくわくしないとたぶん、社員もわくわくしないですよね。私の毎朝の楽しみは、新聞を全紙見て塾生が登場する記事を見つけることです。載っていたらすぐに皆に紹介し、皆の教え子はこんなに社会で立派に活躍しているよ、ということを伝える。そうすることで、「自分の仕事にはこういう意味があるんだ」と伝わりますから。

-最初にどんなことから取り組んだらよいのでしょう。

峯: あまりカッコいいことをしようとせず、気負わずにやった方がいいと思います。私はこの会が終わったら、この会場にいる教え子を捕まえてツーショット写真を撮り、社員に示します。自慢大会でもいいです。例えば「昨日、あのお客さんにこういうことを褒められました」。すると「何言ってんだ、俺の方がもっとすごいぞ」と。どんどん出てくる。ではもう一歩踏み込んで、じゃあなんでそういう感謝の言葉をもらったのかを教えてもらい共有する。どんどん気負わずにやればよいと思います。

出来事をピンチととるか チャンスととらえるか

-最高のチームをつくるために必要なことは何でしょうか。

畑: 良い組織は50人の社員皆がわくわしている「ワンファミリー」、家族のようなチームです。わくわく感のつくり方はトレーニングで得られます。
 簡単に言うと、ある出来事が起きたときにチャンスととるか、ピンチととるか、この2つしかないんです。例えば高校野球でピッチャーがホームランを打たれた。ここでチャンスととると心は自己責任・自己依存の状態になる。反対にピンチととると他者責任、他者依存になる。打たれた時にキャッチャーのサインのせいにしてみたりとか。実は、トレーニングで心のメカニズムを変えられます。そうすると次こそ見ていろよと、次のバッターに対していろいろな投げ方の工夫が出てくる。要は出来事自体に幸、不幸があるわけじゃない。全て自分で決められるってことなんです。
 さらに、「リーダーづくり」と「風土改革」も重要。今、求められているリーダーは昔と違ってファシリテーター型。中立的な立場でいろいろな難問を議題に挙げ、議論を促進させる能力がある人が会社の中でも増えてくると、すごくいいんじゃないかな。ラグビーでいうと、あれだけの個性的な選手をうまくまとめるリーチマイケルです。リーダーたちをさらにまとめるリーダーになる人ですね。後は風土です。先ほど言った習慣が大切になります。すてきだなと思う場所を見ると、人間の心って良くなる。反対に汚いところだったらすさんでくる。簡単なんです。会社の中でどれだけすてきな場所をつくれるかで、社員の心もすごく良くなる。

峯: 皆さんの組織の文化は一体何なのか。それを短い一言で表してみてほしい。うちの塾で言うと「一度担当した生徒は一生自分の教え子」。この意識があればずっと生徒を気にかけて、就職する時でも相談に来る、就職した後に報告に来る、子どもができるときっとうちの塾に生徒を入れてくれます。それが当社の繁栄につながる。皆さんの組織の中にもそういう文化を表すキーワードがあると思います。
 私自身も含め、大人になって褒められることってないんですよね。それぞれ皆いいところを持っているので、それをちゃんと認めて褒めてあげれば絶対に、その良さをさらに発揮してくれると思います。その時点で1の力が、褒めることによってきっと2になる。それぞれが皆のいいところを賞賛していく。そうすることによって弱点も自分で補強していきます。

畑: あるがままを伝えていける「承認できる文化」が大事だと思います。それから、よく社員が退職をすると会社は辞めた理由を考えがちですが、逆発想で、ここで続けていく素晴らしさを追求することも重要です。こんなにやる理由がありますよという会社は、わくわくしてきますよね。加えて、皆が自分たちの組織をちゃんと語れるようになったら本当に良い組織ですよ。トップだけでなく、たとえその人が100番目でも会社の歴史と伝統と風土、素晴らしさを説明できると、まさにワンチームになれると思います。