Vol.4
~できることから着手し改善 ICTで生産性と満足度向上~

◆◇◆企業を変えるテレワーク ー 県内企業の挑戦 ー ◆◇◆

企業を変えるテレワーク 広島県内企業の挑戦


 労働人口が減る中、世間から認知されにくいBtoBの中小企業にとって、人材の確保・定着は大きな経営課題となっている。広島市内で印刷関連製造業を営むA社は、ICT活用によって柔軟な働き方を実現することで生産性を高め、社員の働く意欲の向上、チャレンジ精神の育成にまでつなげている。デジタル技術の導入に対して、取締役兼総務部長が旗振り役となり〝できるところから少しずつ〟取り組むことで、着実に成果を広げている。

テレワークに取り組んだ背景

― 社員の定着率や生産性の向上へ

企業を変えるテレワーク 広島県内企業の挑戦
 もともと本社と工場、東京の営業拠点をつなぐウェブ会議システムや※¹VPNの導入などで、テレワークの環境づくりはある程度進んでいたが、技術的な知識不足、セキュリティーへの不安などで具体的な取組に至っていなかった。また社内外とのやり取りに依然として紙、電話、ファクスを多用しており、効率的な業務運営の課題や働く場所の制限があった。
 そこでICT活用によって生産性を向上させつつ、さらには若い社員が結婚や子育てなどのライフスタイルの変化で退社を考えなくてもすむように、場所を選ばずに働ける環境づくりを目指して、テレワークの取組に着手した。当初、どこから着手すべきか分からなかったため、広島県からの専門コンサルタントの派遣を受け、導入の糸口を探っていった。



主な具体的な取組

― 申請承認ワークフローをデジタル化

企業を変えるテレワーク 広島県内企業の挑戦
 まずはテレワークがしやすい事務職の仕事を中心に、「在宅に向く仕事」と「向かない仕事」を切り分けた。向かない仕事は、出社日にまとめてこなすことでテレワーク時の効率低下を抑えた。またマネジメントやコミュニケーションの不安を減らすため、テレワークを行う社員が業務の計画書を作成し事前に管理者へ提出するルールを定めた。
 デジタル導入の取組では、稟議など申請・承認のワークフローを改善しようと、ワークフローシステム「スマートフロー」を導入。現在、経費に対する稟議書、新規取引報告書、仕入先シート、クレーム是正書の4種類に使用。それまでは紙を使い2日ほど要した承認作業を、最短5分まで短縮することに成功。サブスク(定額課金)サービスで、1人当たり月300円と安価な点も導入の後押しとなった。並行して、チャットサービスの「チャットワーク」を導入し、社員のコミュニケーションも促進している。
 これまでも、情報セキュリティーにできる限りの対策を講じてきたが、ベンダーに薦められた※²UTMやアンチウイルスソフトを導入するだけだった。情報のデジタル化や共有が進むとリスクが増大すること、リスクをゼロにはできないことを認識した上で、優先度の高い対策から着手。テレワークに使う端末の①画面ロック、②ストレージの暗号化などを必須とした。今後はIPA(情報処理推進機構)から無償提供される啓発教材などを使い、社内全体にセキュリティー意識を一層浸透させる方針だ。


導入後の変化・メリット

― 従業員満足度向上と採用力強化

企業を変えるテレワーク 広島県内企業の挑戦
 総務部門の事務職社員から始めて、現在は本社の2人のほか、東京の営業職3人が実施。当初、業務をしやすいようにと、テレワークをする社員の個人携帯電話で内線が取り次げるようにしていたが、逆に煩雑さが増すことが分かり、現在は社用携帯を貸与している。このように実践しながら課題をあぶり出し、試行錯誤を重ねて取組を前進させている。
 テレワークを実施する社員の中には、積雪による通勤困難が懸念される者やペットを飼う者などがおり、在宅ワークにより仕事や暮らしに対する安心感や満足度が高まったと好評だった。また採用活動時、若年層の応募者から「テレワーク勤務が可能か」と尋ねられることがあり、導入が採用にも効果を発揮すると実感している。併せて今後は、育児や介護での離職も減らすことに期待を寄せる。


取組のポイント

― トライ&エラー精神で進める


 取組を円滑に進めるキーパーソンとなったのが、経営と事業の両方を熟知する総務部長だ。またITや改善・変革を好む社員を見つけ、そういった社員のチャレンジを応援することで、社内の取組を促した。一方で、今までのやり方を変えることに不安を覚え、デジタル導入に二の足を踏む社員がいるのも現実だ。そのため、総務部長がメリットなどを日々の対話の中で根気強く伝え続けた。上からの命令であるトップダウンは社員に拒否反応を生む可能性があった。そこで、それぞれの反応を探りながら対話を進め、事務職社員など導入しやすい職種や希望者から始めることで、理解者を増やしていった。
 またICTツールの導入は、既存システムとの連携やトライアルサービスの利用などで初期投資が抑えられる利点があり、「トライ&エラー」の精神で取り組めたことも功を奏したという。

企業を変えるテレワーク 広島県内企業の挑戦


今後に向けて

― 取引先を巻き込んだ取り組みへ

企業を変えるテレワーク 広島県内企業の挑戦
 一部の社員の在宅ワークを実現したが、業務効率化の観点ではまだ課題があるとする。例えば取引先との関係性の中で、いまだにファクスによる受発注が慣例化している。自社の思いだけで進められない案件のため、長期的な視点での対策が必要だが、時間をかけながら顧客を巻き込んだ商習慣の見直しも考えたいと意欲を見せる。
 また中小企業も大手と同様にビジネス環境の変化にアンテナを立てて、時流を先読みしながら経営に取り組むことが発展・継続には不可欠だと考えている。柔軟な働き方を選択できない企業は、特に若い人材からは選んでもらえなくなるという危機感と覚悟を持ち、これからも継続して取組を続けるという。

社員の声

総務部 / 担当者
 在宅ワークの導入で、通勤の時間が減り、メイクやペットと過ごす時間として有効に使えるようになりました。業務の一部で残るファクスもいずれはデジタル化できると、一層効率的な働き方が実現できると期待しています。部長の支援の下、取組の次のステップにも積極的に参加していきたいです。


用語解説
※¹VPN

サーバー機器などのハードウェアや業務用アプリケーションなどのソフトウェアを、使用者の管理する施設内に設置して運用すること。対照的にクラウドは、インターネット経由のため、別のコンピューター上にあるアプリケーションなどを自社施設内に設置することなく利用できる。

※²UTM

統合脅威管理。コンピュータウイルスや不正アクセスなどの脅威にそなえて複数のセキュリティー機能を一つの機器で運用管理し、包括的に社内ネットワークを保護する手法のこと。

取材日:2023年10月

会社概要

所在地:広島市
業務内容:印刷関連製造業
従業員数:70人

情報提供:広島県
(働き方改革・女性活躍 取組サポートサイト「ヒントひろしま」http://hint-hiroshima.com
広島県商工労働局 働き方改革推進・働く女性応援課 TEL 082-513-3340