採用、両立支援、人間関係などの課題を克服し、
女性の活躍を推進

社会福祉法人 慈照会

1 多種多数の事業所を上手く利用し、
「職場の人間関係」の問題が起きないよう対処

 「慢性的な人手不足に直面していると言われている昨今ですが、お陰様で当法人は、今のところ無理のないシフトが組める程度に人手は足りています」
と話すのは、社会福祉法人 慈照会(以下、慈照会)の宮武事務長。

 少子高齢化が進み、介護業界における人手不足がますます深刻化している中、同法人は毎年一定数の人材確保に成功しているという。また、平均勤続年数も同法人は10年(男女計)で、同産業全国平均7.6年(※1)に比べて2年以上も長く、比較的定着しているといえる。その背景にはあるのは“家庭と仕事を両立しながら長く働ける雇用環境の整備”にあるようだ。

 平成28年度の介護業界全体の離職率は16.7%(※2)。これは、産業全体の同年度平均離職率15.0%(※3)より1.7%も高い。介護業界の離職理由については、「職場の人間関係に問題があったため」が最も多く(23.9%)、次いで「結婚・出産・妊娠・育児のため」(20.5%)、「法人や施設・事業所の理念や運営の在り方に不満があったため」(18.6%)と続く(図1)。

図1 介護関係の仕事をやめた理由

 慈照会の定着率が良い理由は、これらの離職理由にいたらないような工夫を行っている点にある。まず、離職原因の1位である「職場の人間関係」については、同法人の強みでもある、10にも及ぶ事業内容と15の事業所があることをうまく生かし、個人の事情等を考慮した配置換えや人材育成を適宜行い、多様なニーズに応じている。また、慈照会が運営するすべての事業所が三次市内にあるため、勤務先が異動になっても通える範囲であることも職員にとって良い環境のようだ。また、職員の自宅から通える範囲に多様かつ多数の事業所があることは、シフト調整においても有効であるという。いくつか例を挙げると「育児や介護のため夜勤のできない職員」を、夜勤のないデイサービスセンターに配置したり、熟練の技術・経験が必要だが体力的な負担は比較的少ないグループホームに定年後の再雇用職員を配置するなど、事業所間の相互連携を取りながら、それぞれの能力や事情に応じた配置を行っている。このように、個人の事情を考慮しながら適材適所に配置し、職員同士が互いに認め合うことにより人間関係が円滑になることが離職防止につながっている。

※1 厚生労働省「平成28年度賃金構造基本統計調査」
※2 公益財団法人 介護労働安定センター「平成28年度 介護労働実態調査」
※3 厚生労働省「平成28年雇用動向調査」

2 手厚い独自の「家庭と仕事の両立支援」施策で離職を防ぐ

 次に「結婚・出産・妊娠・育児等を理由とした離職」が多いという問題の解消に向けて、慈照会は「家庭と仕事の両立支援」に関する手厚いサポートを行っている。

 平成23年に、次世代育成支援対策推進法による「一般事業主行動計画(※4)」(以下、行動計画)を策定し、「安心して育児休業を取得できる環境をつくるための方策検討」を目標に掲げるとともに、平成25年には、「広島県仕事と家庭の両立支援企業」にも登録した。

 目標の達成に向けて、管理職や対象者に対して研修やリーフレット等で育休制度や復帰後の処遇に関する周知を図ったり、育休中の職員の希望があれば、月に1度事業所を訪れ、相互に情報共有を実施するなどの取組を行っている。当然、こういった対応は女性職員に限らず、男性職員に対しても同様で、家庭の事情に応じて正規と非正規の雇用形態を柔軟に変更できるようにもしてきた。

 正規職員が結婚・出産を機に「辞めたい」と申し出ることが多かったことから、無理なく働ける非正規職員への転換を勧めたことが、制度導入のきっかけだという。「夜勤なし、時間給、賞与の額に差あり」という点以外は、正規職員の待遇と全く変わらない福利厚生が適用される制度設計を行い、離職を防いでいるそうだ。現在、この制度を15名が利用している。さらに、同グループの医療法人 微風会には事業所内託児所が設置されており、グループ全職員の利用が可能だそう。3歳までは民間の保育所に比べ安い値段で利用ができることから、現在の利用率は80%と多くの職員が利用している。

 また、各事業所では所長の判断で職員の子供を自由に出入りさせることができるため、夏休み等の長期休暇や放課後も職場で見ることができ、親にとっては「安心できる」と好評だ。子供は施設において、ボランティアという形で利用者と交流し、学校の宿題を利用者が見るなど、子供・利用者の双方にとって良い刺激になっている。過去には、不登校となった子供が事業所に来ることで、学校復帰につながったという例もあるそうだ。こういった独自の取組により、慈照会では育休取得率も100%を達成し続けている。
 職場結婚が多い同法人では、結婚や子育てといったライフイベントに対して周囲の理解が生まれ、家族のようなアットホームな雰囲気がある。夫はグループホームで夜勤、妻はデイサービスで昼勤などと、夜勤が重ならないよう事務所間でのシフト調整を行い、連携も図っている。

 このような周囲の理解や組織風土の影響もあってか、男性の子育てや家事への参画意識が強くなっているようだ。広島県の「いきいきパパの育休奨励金」を活用して、男性職員1名が半年間育休を取得したことをきっかけとして、男性の育休取得が定着し、次世代法による行動計画に定めた目標を達成した。一定の基準を満たしたとして、平成26年には「子育てサポート企業」として厚生労働省が定める「くるみん認定(※5)」を取得。県内の先進事例として活躍が期待されている。

※4 次世代法による「一般事業主行動計画」
 次世代育成支援対策推進法に基づき、企業が従業員の仕事と子育ての両立を図るための雇用環境の整備や、子育てをしていない従業員も含めた多様な労働条件の整備などに取り組むに当たって、(1)計画期間、(2)目標、(3)目標達成のための対策及びその実施時期を定めるもの。従業員101人以上の企業には、行動計画の策定・届出、公表・周知が義務付けられている(100人以下は努力義務)

※5 くるみん認定・・・「子育てサポート企業」として、厚生労働大臣の認定を受けた証。次世代育成支援対策推進法に基づき、一般事業主行動計画を策定した企業のうち、計画に定めた目標を達成し、一定の基準を満たした企業が、申請を行うことによって「子育てサポート企業」として、厚生労働大臣の認定(くるみん認定)を受けることができる。平成29年12月末時点で、広島県では51社が認定を受ける。

3 新卒採用への方向転換、定年後の再雇用など
積極的な取組で安定した人材確保へ

 慈照会でも他業界や同業他社同様、人材不足による採用の苦労はあるというが、新卒採用に力を入れ始めた5年前から一定数(6名前後)の人材確保に毎年成功しているそうだ。

 というのも、以前は欠員が出たときに補充する形で中途採用していたが、ここ5年はハローワークに求人を出しても求める人物像の応募者が少なかったことをきっかけに、新卒を一定数確保し、人材育成を行う方針へと転換。県内各地で新卒採用説明会を実施し、「地域福祉、ひいては利用者さんの笑顔のために働いている」という法人の理念や、基本的に定時帰宅であることや「広島県仕事と家庭の両立支援企業」であることをアピールし、やりがいを持って長く働ける職場であることを訴えている。

 さらに、介護業界では平均並みであるが、三次市内で比較すると高水準にある給料も魅力の1つではないかと宮武事務長は話す。県内各地で説明会を開催しているが、結果的に最も多いのは地元の三次市出身者。地元に根付いて長く働きたい女性の応募が多いが、法人寮も完備されている慈照会へは、市外から入職する人もいる。その中には、「三次市は住みやすい街だと聞いた」という応募者もおり「幸せを実感しながら、住み続けたいまち」を目指す三次市行政の取組も追い風となっているようだ。

 また、新卒者の中で最も多いのが介護科を卒業した高卒生。入職した先輩が辞めずに働いている状況を見て、高校の先生が就職を勧めてくれているようだ。こういった学校との信頼関係も採用者数の確保につながっているという。

 さらに、安定した人材確保のために、新卒採用だけでなく定年後の再雇用にも力を入れている。「働ける間は働いてほしい」という法人側の願いもあるが、ほとんどの職員が定年後も「慈照会で働くこと」を希望し、やりがいを持って働き続けているという。また、若い職員の良き相談相手になるとともに「ここは良いところだから辞めちゃいけんよ」とポジティブな発言をしてくれることも、離職に歯止めをかけているそうだ。現在、65歳を超えた20名(70歳以上なら4名)の職員が定年後の「再雇用」で活躍している。

4 男女平等の風土と社内女性ロールモデルの存在で、
女性管理職比率が66.7%

 加えて、慈照会の特筆すべき点は女性管理職比率の高さだ。同法人の女性管理職比率は66.7%(※6)で、医療・福祉業界全体の同比率50.6%(※7)と比べて16.1ポイントも高い。その背景には、
「公平な評価・登用、管理職を支えようという職場風土が関係している」
と宮武事務長はいう。

 この職場風土について詳しく尋ねると、
「管理職登用に関しては、たまたま適任者が女性だったというだけです。10年近く務めた前女性理事長を筆頭に、昔から女性管理職が多くいたことが、ロールモデルとしてうまく機能しているのかもしれませんね。また、実力主義で若い職員が所長になることもありますが、年齢に関係なくがんばっている人を応援しよう、支えようという職場風土があるので、若い職員も管理職として活躍してくれていますよ」
と教えてくれた。

 十日市慈照園の所長として活躍する須田さんも女性管理職のロールモデルの1人だ。業務に対してプレッシャーを感じるなど、肩に力が入り過ぎた若い職員に対しては「最初からできる人はおらんのんよ」と優しく声を掛ける。このように「身近な」ロールモデルが親身になって、業務だけでなくプライベートの相談にも乗ってくれることが、後進にとって良い影響を与えているのではないだろうか。

※6 同法人では、課長・部長という役職がないため、課長相当職を「現場主任」、部長相当職を「所長」として人数計算する。
※7 厚生労働省『平成28年度雇用均等基本調査 図9 産業別女性管理職割合 課長相当職以上(役員含む)(企業規模10 人以上)』

取材担当者からの一言

 このまま少子高齢化が進行すると、介護業界はさらなる人材不足が予想される。そうした中で、家庭と仕事の両立を「制度と風土」の両面で支え、女性が長く働き続けられる職場環境を整備し、離職率を下げている慈照会の取組には見習うべき点が多い。

 特に、介護業界の離職理由第1位である「人間関係」と「女性のライフイベント」に対してうまく工夫を凝らして対処している点は、他の介護法人、他業界においても応用できるのではないだろうか。

 また、やりがいをもって働いてもらえれば、定年を迎えた後もそのまま法人に残って活躍してくれる人を増やすことにもつながる。シニア世代は若手の良き相談役となったり、職場内の人間関係や雰囲気をよくしたりという役割を担えると期待できる。定年後の再雇用を積極的に進めることは、人材不足の法人側、年金給付年齢の引き上げ、定年ロス等に悩む職員側、双方にとってWin-Winになるだろう。

 男女の多様性だけでなく、年齢の多様性といった面も組織にとってメリットがあると感じた。

●取材日 2017年12月
●取材ご対応者
事務長 宮武 直樹 氏







十日市慈照園 所長 須田 規子 氏

会社概要

社会福祉法人 慈照会
所在地:三次市山家町597
URL:https://jishokai.jp/
業務内容:社会福祉法人 慈照会は、1973年に設立以後、特別養護老人ホーム、養護老人ホーム、ケアハウス、デイサービスセンター、ヘルパーステーション、居宅介護支援事業所、認知症対応型共同生活介護事業所、グループホーム等様々な老人福祉、介護事業を展開している。グループに医療法人 微風会があり、グループ全体で幅広い医療・介護サービスを提供している。
従業員数:205名
女性従業員比率:70.2%
女性管理職比率:66.7%
(2017年12月現在)

情報提供:広島県
(働き方改革・女性活躍発見サイト「Hint!ひろしま」http://hint-hiroshima.com