役割ありきではなく、志から始まる組織。
男女平等に活躍する風土

特定非営利活動法人 ピースウィンズ・ジャパン

1 男女の区別なく活躍する風土の基盤は、バックグラウンドにあり

 特定非営利活動法人ピースウィンズ・ジャパン(以下、PWJ)の存在とその活動の詳細を知っている人は広島県でもまだほんの一部かもしれない。犬好きの人であれば「ピースワンコ」という言葉に聞き覚えがあるだろうか。国際人道援助を専門に、イラクやケニア等での難民支援、ネパールやハイチ等での大規模災害被災者支援などを20年にわたって行ってきたNGO(※2)団体で、平成16年に発生した新潟県中越地震をきっかけに国内での災害支援もスタートさせた。

「国際NGOは国内支援をしない」という当時の常識を覆し、その後に発生した東日本大震災、広島土砂災害、熊本地震等での被災者支援も行った。スタッフは総勢290名、日本を含め国内外14の国と地域で活動し、現在は人道支援だけでなく、犬の保護・譲渡活動を中心とした「ピースワンコ・ジャパン」プロジェクト(以下、ピースワンコ)、神石高原町を中心とした地域再生事業、佐賀市の伝統工芸支援等、様々な社会課題の解決にも力を入れている。

 PWJの本部が、東京から広島県神石郡神石高原町に移転したのが平成25年10月。東日本大震災の教訓から、被災の可能性が比較的少ないと考えられる地盤の安定した場所に拠点を構えたいと考え、以前実施していた「鞆の浦の町並み保存」活動で縁があった広島県に本部を移転させた。 

 このように、広島を拠点としてグローバルで活動するPWJにおいては、女性の活躍が顕著だといえそうだ。役員の男女構成比を見ると、男性57%、女性43%であり、職員比率においては男性30%、女性70%となっている。「平成29年度 広島県職場環境実態調査」によると、県内の従業員数101~300人の企業における「役員に占める女性の割合」が17.8%、301人以上の企業では10.9%であることから、PWJにおいては役員レベルで女性の活躍がうかがえる(図1)とともに、女性管理職比率は61.0%と同調査における「県内企業における指導的立場に占める女性の割合」16.3%と比較すると、非常に高い。

図1 広島県内企業の役員に占める女性の割合とPWJの同比比較 

 中でも、現地に駐在する海外事業部の各地域における責任者の半数以上が女性という数値の高さは驚きだ(図2)。女性が役員やリーダー(管理職)として活躍している現状について、PWJコミュニケーション部・広報の岡部氏は、
「PWJのような国際協力系のNGOに入職する女性は、海外留学経験や同業他法人で働いていたというバックグラウンドのある人が多い。海外で性別等に関係なく活動した経験があるため、自然とリーダーとして活躍する女性が多いのでは」と分析する。

図2 PWJの組織図と女性事業部責任者の配置状況 

※2 PWJは「認定NPO法人」とも「国際NGO」とも言えるが、本記事内では混乱を防ぐため、PWJを指す場合に「NGO」を使う 

2 女性への福利厚生や職員の待遇など、不安定要素をできる限り少なく

 PWJは、「ピースワンコ・ジャパン」プロジェクト(以下、ピースワンコ)が誕生したきっかけでもある神石高原町で、町政とともに地域活性化、過疎化対策等への取組も進めている。

「ピースワンコ」は、同事業のプロジェクトリーダーである大西純子さんが、神石高原町で「犬・猫の定時定点回収」を目撃したことからその活動が始まった。

 当時、飼えなくなった犬・猫を町役場が引き取り(定点回収)、動物愛護センターにて多くを殺処分していた。幼い頃から犬とともに暮らしてきた純子さんは、その事実に愕然とすると同時に「動物が幸せな社会は、必ず人も幸せになる」という信念のもと、犬・猫の命を守るため「飼育放棄犬」や「野犬」を預かる保護施設を神石高原町に設立した。そして町議会の協力も得て、平成25年に町の「犬の殺処分ゼロ」を目指す「ピースワンコ」を発足させた。

 現在では、広島県全域に活動を拡大。平成23年度に犬と猫の殺処分数が全国ワースト(計8,340頭)であった広島県は、「ピースワンコ」と他のNPO団体の協力による活動の結果、平成28年4月以降「殺処分ゼロ」を達成し続けている。

 「ピースワンコ」に従事している職員は、総勢約80名強(獣医師3名と専属スタッフ80名、他のPWJの事業との掛け持ち含む)で、そのほとんどが正規職員である。PWJではすべての正規職員が1年契約であるが、事業終了等の特別な事情を除き、基本的には解雇されることはない。このように一般的な企業と異なり、1年契約という形態をとらざる得ない理由としては、NGOには「アプローチ課題が解決すれば、その事業は終了」といった特性があること、また法人収入の多くが助成金や補助金で占められ、収入が不安定であることが挙げられる。しかし、一般企業の正規従業員と同様、PWJの正規職員は当然産育休や有給休暇等の福利厚生も取得でき、その実績もある。

「ピースワンコ」の職員は、男性:女性=1:6と圧倒的に女性が多く、ほとんどが20代である。最初は5~6名のスタッフで始まったが、ここ2~3年で事業が一気に拡大したため、新卒の採用活動に力を入れている。募集職種が、獣医師やドッグトレーナー、トリマー等の飼育スタッフであるため、全国の動物系の大学や専門学校等に求人を出し、人材確保を行う。求人先である学校等の学生の9割近くが女性であることから、必然的に「ピースワンコ」スタッフも女性が多いという。

 PWJでは、神石高原町での暮らしや仕事を1週間程度体験してもらう、インターンを採用条件としている。この希望者も年々数が増え、平成28年には1年間で50名程度の学生の受け入れを行ったという。インターンを通して採用後の生活イメージを持つことで、離職防止につながるとともに、不安の払しょくが可能であるという。こういった活動の成果により、ピースワンコでは毎年10名程度ずつの新卒者の確保ができているといい、全国から神石高原町で働く若者を引き寄せている。

 採用活動は順調であるかのように聞こえるが、まだまだ職員数は足りないそうだ。
 その理由を尋ねると、
「現在、1,800頭の犬を保護しています。最大20頭を1人で見るとしても、あと10名は足りません。犬の保護活動が進んでいるヨーロッパの基準に合わせると、1人当たりの飼育数は最大10頭です」と、純子さんは話す。

 PWJでは、全国から集まってくれた職員を辞めさせないよう、心掛けていることが2点ある。1点目は、職員同士のコミュニケーションの活性化。ミーティングを行ったり、仕事終わりに80人前のカレーを作って職員全員に振る舞う等、職員が顔を合わせて話をする場を定期的に設けるようにしているという。また、人間関係のトラブルについても純子さん自らスタッフの話を聞くことで、配慮や解決に向けた対応を行っているという。
 2点目は、職員の待遇を良くし、働くモチベーションの維持を図ること。初任給は18万円からスタートするが、ペットを扱う職業の中では比較的高い方(※3)だそうで、基本給も年々アップさせる。

 さらに、個人の成果をきちんと評価し、賞与にも反映する。もちろん、役職が付けば役職手当もつける。NGOの特性上、不安定と思われがちな職場だからこそ、継続雇用と働く環境の整備を重視しているそうだ。

※3(株)ノードプレースが運営するサイト「Career Garden」によると、初任給についてはドッグトレーナー13~18万、トリマー15万、獣看護師14~17万円。

3 広島県を中心に「ピースワンコ」のリーダー(管理職)として活躍中の、
大西純子さんの場合

 「国の偉大さと道徳的発展は、その国における動物の扱い方でわかる」というインドのマハトマ・ガンジー氏の言葉に強く共感する純子さんは、「ピースワンコ」の設立から事業の拡大へと牽引し続けている。

 その純子さんがNGOの世界に入ったのは、30代前半の頃だった。フリーアナウンサーとして、国外の紛争地域や大規模災害の被災地で活動するNPOやNGOを取材する中で、自身も苦しんでいる人々のために何かしたいと考えるようになったことがきっかけだそうだ。アナウンサーの仕事を辞め、大学院で国際協力について学ぼうと思っていた矢先、取材先で知り合ったPWJ代表の大西健丞氏に「そんな遠回りせずに、うちで働いたら」と声を掛けられ、PWJに入職した。

 入職直後は、鞆の浦の町並み保存事業に参画し、地元の方の要請で「まちづくりNPO」の立上げをサポートするとともに、観光誘致戦略の策定、空き家再生プロジェクト等を行った。大西健丞代表が宮崎駿監督を鞆の浦に招き、「崖の上のポニョ」構想の元となったのも、その事業の一環であったそうだ(※4)。

 また純子さん自身は、福山市に住みながらボーダーコリー犬を飼い始めたが、住んでいたマンションが手狭に感じ、犬と暮らせる快適な環境を求めて県内を北上し、場所を探した結果、遊休牧場が多く、自由に犬が走り回れる神石高原町にたどり着き、今日の「ピースワンコ」の設立へとつながった。

 ピースワンコの運営には、医療費、犬舎の光熱費、譲渡センターの維持費、事業を実施する人件費等で多額のコストがかかる。「どうやったらサポーターが楽しんで寄付をしてくれるか」と頭を悩ませた結果、生まれてきたアイデアが「ふるさと納税」とNGOの活動を紐づけることだった。

 佐賀県の先進事例(※5)を参考に、神石高原町に協力を要請し、ふるさと納税の提携を実現させることができた。「ふるさと納税」の総合サイト「ふるさとチョイス」を運営する株式会社トラストバンクにも純子さん自ら何度も足を運び、「この活動に協力して欲しい」と協力を呼びかけ、サイトのよく見える位置にピースワンコを掲載してもらったという。

 こういった活動の原動力は「動物が幸せな社会は、人間も幸せな社会である」という揺るぎない信念だったという。今後の目標は、広島県での成功事例をもとに「全国で犬・猫の殺処分をゼロ」にすることだそう(※6)。

 加えて、多くの人にもっと動物と人間の関係を考えられるようになってほしいと願っているという。
「人間のエゴだけで動物を扱うのではなく、動物の本能が求める楽しいこと、それぞれの動物の特技、能力を生かした生き方を動物にさせてあげることが大切です。そのために、教育が重要と考えます。ヨーロッパの小学校では、犬・猫といった身近な動物の生態を勉強しますが、日本にはありません。だから今、全国の小・中学校や企業に出向き、犬・猫に関する講演会や出張授業を行っています。『人権』と同じように動物にも動物らしく生きる権利を認めて、実践できるような世の中にしていきたいのです」
と語る。

「犬とそれに関わる人が幸せになる」というピースワンコ設立時の目標に向かって、純子さんの使命感に満ちた挑戦はこれからも続いていく。 

※4 大西健丞氏の著書『世界が、それを許さない』(岩波書店、2017年)の「1.海外援助から広島県・鞆の浦の町づくりへ」より
※5 佐賀県の事例とは、認定NPO法人日本IDDMネットワークと佐賀県が連携し、1型糖尿病の治療開発研究費にふるさと納税をあてるというもの。
※6 環境省「犬・猫の引取り及び負傷動物の収容状況」の調査によると、平成28年度に殺処分された犬・猫は全国で5万5,998頭(犬1万424頭、猫4万5,574頭)。

取材担当者からの一言

 取材を行ったPWJは国際的に活動するNGOであり、国連等の補助金や大企業からの寄付を受け、日本を含む14の国や地域で支援を行っている。

 紛争地域や政治的に不安定な国への支援活動もある中、海外事業部長は女性であり、スリランカ、ウガンダ、南スーダン、ケニア、ハイチの事業責任者も女性である。一般企業では、海外拠点の支店長はおろか、出向者や出張者としても、女性従業員を出すことさえためらう地域かもしれないが、PWJでは女性がリーダーとして活躍している。グローバル企業においては、海外での経験値はステップアップするうえで、重要な要素になる場合が多い。女性だからといってためらうのではなく、やはり組織としてキャリアアップするため、女性管理職を育成するために、ぜひ海外へ女性従業員の背中を押してもらいたいと感じた。

●取材日 2017年12月
●取材ご対応者
特定非営利活動法人ピースウィンズ・ジャパン
ピースワンコ・ジャパン プロジェクトリーダー 大西 純子 氏
コミュニケーション部・広報 岡部 充代 氏

会社概要

特定非営利活動法人 ピースウィンズ・ジャパン
所在地:広島県神石郡神石高原町近田1161-2 2F
URL:http://peace-winds.org/
業務内容:特定非営利活動法人ピースウィンズ・ジャパンは、1996年の創立以来、国際人道援助を専門に日本を含む14の国と地域で活動してきた。大規模災害への被災者・復興支援、シリアや南スーダン等の難民支援といった国外での活動と並行し、国内でも東北復興・熊本地震被災者支援、動物保護活動、地域活性化等の多岐にわたる事業を行っている。これまで178万3141人、3万5956世帯、38市民団体に支援を届けた(※1)。
従業員数:290名
女性従業員比率:70.0%
女性管理職比率:61.0%
(2017年12月現在)
※1 出典:(特非)ピースウィンズ・ジャパン 2016年度年次報告書

情報提供:広島県
(働き方改革・女性活躍発見サイト「Hint!ひろしま」http://hint-hiroshima.com