酒造りの文化を引き継ぐために
地域と共に歩む酒蔵へ
西条酒蔵トップインタビュー
営業力強化・社員育成に注力 「地域と共に」の意識で事業展開
賀茂鶴酒造 藤原 昭典 社長
-法人100周年事業を振り返って。
大きなテーマは、取引先や関係者などに感謝の思いを伝えることでした。蔵開きイベントの開催や県等の自治体への寄付など、思いをさまざまな形で表現できました。イベントを通じて感じたことは、盛況で多くの人が集まるものの、販売は思ったよりも伸びないということです。商品に触れる回数は多いが購入にまで手が伸びていない以上、浮かれることはできません。品質を高めるとともに、顧客をしっかりとつかむ仕組みをつくらなければなりません。
-2019年の大きな方針は。日本酒の消費量は年々下がっており、かつ少子化の進行に伴う人口減少が確実な中、今のところ明るい材料は見当たりません。大切なのはそれをただ悲観するのではなく、「では、どうするか」を考えることです。当面の方針は、輸出と直売の強化です。その実現には優秀な営業の人材を育てる必要があります。
-具体的には。これまで「賀茂鶴」というブランドに頼って営業活動をしていた面が少なからずありました。それを改めて、営業とは売り込むものという、ある意味では当たり前の意識をより浸透させたいです。社員が力を付けるには、理屈ではなくより多くの現場に立つほかありません。相手のニーズを表情の変化などから読み取る鋭い感性を持つ人を育て、「売る力」のある会社にしたい。
-設備投資計画について。 10月をめどに1号蔵を改装し、現在少し奥まった場所にある直売所を移す予定です。売り場を拡張して扱う商品数を増やすほか、酒造りの工程をより多くの人に知ってもらえるように、酒造設備や道具を展示する計画を進めています。そうすることで、観光客がただ商品を買うのではなく、酒蔵通りを周遊する流れをつくりたい。「酒蔵ツーリズム」が実現すれば、他社にも大きなメリットがあります。西条は酒蔵が町の中心部に集まる全国でも珍しい場所です。「地域と共に」という意識を持つことが大切だと考えています。
また、自社ECサイトの開設も予定しています。個別のお客さんとの対話やアプローチを強化し、きめ細かな対応を通じてよりコアなファンの獲得を目指します。
暗い話題ばかりを挙げましたが、状況が悪いなりのあがき方、汗のかき方があると考えています。営業力強化への努力を粘り強く続けたい。
食文化復興が日本酒再興の鍵 外国人採用で海外輸出を強化
賀茂泉酒造 前垣 壽男 社長(西条酒造協会理事長)
-(18年11月の)黄綬褒章の受章おめでとうございます。
ありがとうございます。西条酒造協会の理事長という職にあることや、酒米の作り手と蔵とのつながりをつくろうと、東広島市酒米栽培推進協議会を設立。協会の前身である同酒造組合のメンバーと西条中央公園に集まって始めた西条酒まつりが、現在の「酒まつり」につながるなど、会社だけではなく、地域全体を考えて行動してきたことが評価されたのではないかと考えています。それはひとえに、自分が生まれ育った町・西条を愛しているからにほかなりません。この町には、先人たちが引き継いでくれた酒造りという素晴らしい文化があります。それをもっと町全体で押し出していくべきです。
-業界の伸び悩みについて。日本にある食文化が徐々に失われつつあることが根本的な要因だと思います。かつては食卓に日本酒が並ぶのが普通でしたが、今は家庭料理も「時短」のメリットが強調される時代。食事を楽しむ意識自体が忘れ去られています。そのため、日本酒本来の味わい方を知らない人が増えています。日本酒は温度によって呼び方が10段階あります。それを「熱かん」と「冷や」で大まかに分けて提供する飲食店も多い。これではなかなか日本酒の楽しみ方が広まりません。
-文化を守るには何が必要ですか。食文化やどんな食べ物に合うのかといった日本酒の魅力を、若い世代に伝える機会を確保することが重要です。学校給食では郷土料理を多く採用してほしいですし、私自身はこれまでと同様に、講演などで積極的かつ粘り強くその魅力を発信していきます。
-輸出戦略はどうですか。 1月からフランス人を社員に採用しています。現在、アメリカ向けを中心に輸出に取り組んでおり、次の有力な輸出先として、県も進出を後押しするフランスに着目しています。ビジネスを進める上で、言語を障害とせず、国柄を熟知している人材は貴重です。また、現地の企業も安心して仕事を進めてくれます。ただし、海外販売を進める場合でも、現地生産は考えていません。あくまで日本酒は日本国内で造った一級の物を届けたい。
フランス人の彼はまだ20代前半と若く、日本語も堪能。大いに期待しています。これからは酒蔵も国際化しなければならない時代。今後も優秀な人材であれば、国籍を問わずに採用を進める方針です。
酒蔵通りの整備で観光強化 西条に誇り持つ子どもを育てたい
亀齢酒造 石井 英太郎 社長
-現状をどう捉えていますか。
飲食店で食事する際、料理にこだわる店はあるものの、日本酒は入れ方などを特に気にしていない所が増えていると感じます。先人たちが見つけてくれた、おいしい燗かんし方があることをもっと多くの人に知ってほしい。日本酒は温度で味わい方が変わるほか、純米や大吟醸などさまざまな種類がある個性豊かな飲み物です。自分に合った物が見つかれば楽しみが増し、きっとファンになってくれるはずです。また、市が条例を定め「日本酒で乾杯」を推進しています。飲みの席でもっと気軽に日本酒を選んでもらえれば。
肌感覚として最近は日本酒を本格的にたしなみたいという女性が増えているように感じます。従来は甘くフルーティーなものが好まれるイメージでしたが、日本酒本来の味を求める人も増えている。いいお酒を造り、その思いに応えたい。
最近は週末に必ずと言っていいほど、外国人観光客の姿を見るようになりました。彼らに西条の街並みや日本酒の魅力をうまく伝えることが重要だと思います。今はインスタグラムなどの交流サイト(SNS)で瞬く間にたくさんの情報が拡散します。彼らの発信力に期待したいです。
より多くの人に発信してもらうには、酒蔵通りの整備が重要です。現在は古い建物と新しい建物が混在している状況です。全てを作り替えることはできませんが、景観維持へ例えばエアコンの室外機を木の格子で囲むなど、小さな工夫を積み重ねることは可能です。できることから始めたい。
蔵に直接的な被害はなかったものの、災害発生後から町に続く自粛ムードが消費に与える影響は大きかったです。現在は少し改善したとはいえ、まだ続いています。
-小学校で蔵人を描いたオペラ「白壁の町」の指導に関わるなど、地域教育に大きく貢献されています。西条に残る酒造りの文化を絶やしてはならない。そんな思いで取り組んでいます。学校での指導はもう15年ほどになりますが、子どもたちが一生懸命練習する姿は見ていてほほ笑ましいです。幼い頃から酒文化に触れることで、西条という町に親しみと誇りを持ってほしい。
-今後の展望について。最近は、酒かすを使ったお菓子や酒スイーツなど、日本酒を軸にしたさまざまな商品が生み出されています。食べ方や売り方を工夫すれば、まだまだ日本酒を好きになってくれる人は増えると思います。そこに今後の活路を見いだしたい。