従業員の状況に応じて
「働き続けられる」仕組みづくり
株式会社タニシ企画印刷
「どうしたら従業員が働き続けられるのか」を考えた制度づくり
従業員一人一人の状況に合わせた多様な雇用形態を実現
「従業員が、出産や育児、介護、自身の病気などの様々な事情があったとしても、本人に働きたいという気持ちがあるのなら、『どうやったら働き続けられるか』と考えたのが原点です。私は昔、看護師をしていたのですが、当時、子どもが入院したときに『休職したい』と申し出ても、『制度がないからできない』と言われたことがありました。そういった経験もあり、職場内の環境や会社の制度を変えれば、必要なときに休み、仕事を続けることができるのではないかと思っていました」と株式会社タニシ企画印刷相談役の田河内秀子氏は、自身の経験をもとに”従業員の働きやすさ“への思いを語る。
そこで自身が経営トップに就任したとき、どうすれば従業員に働き続けてもらえるのかを常に考えたという。2010年(平成22年)頃からは、介護事業所向け印刷物の需要拡大に伴い採用を拡大したが、一方で出産や育児、介護に伴う休業、従業員自身の病気の発症などが相次ぎ、若手から高度なスキルを持つベテラン従業員まで、継続的な就業について本格的に考える必要が出てきたという。
現代表取締役の田河内伸平氏は語る。
「就業規則は作成していましたが、従業員の個々の事情に対応しきれない場合も多々あります。時には、就業規則を見直して、従業員の状況に合わせて制度そのものを臨機応変に変えるようにしています」
田河内代表取締役の言葉のとおり、同社は従業員の状況に合わせて多様な雇用形態を整備してきた。
例えば、正社員が、フルタイム勤務が難しい状況になった場合に、本人の希望に応じてパートタイム、その後は短時間正社員、状況が変わったら正社員といった形で、その時の状況に応じた、最適な雇用形態での就労を認めている。また自宅療養のため休んでいた従業員が職場復帰する際、復帰への足掛かりとして、通院の時間や体調に配慮して、例外的に時間単位の有給休暇を認めたこともある。その他、要介護の家族がいる従業員には、出退社時間を月単位で設定することを認めるなど個々の従業員のおかれた状況に柔軟に対応してきた。
また、同社では業務の性質上、専門的な知識やスキルが求められるため、経験豊富な従業員が辞めてしまうことが大きな損失になる。そこで、ベテランの従業員が定年後も働けるように、延長雇用の制度も整備した。62歳の定年後は、本人の希望があれば、65歳まで嘱託員として、さらに長い人では70歳まで特別嘱託員として働いた事例もある。
こうした定年後の再雇用制度は、業務に欠かせない技術の継承にもつながっている。例えば、再雇用された60代後半のベテラン従業員と、子育て中の短時間勤務の若手従業員をペアにすることで、世代を超えた技術の継承を行っている。ベテラン従業員の豊富な経験と、若手従業員の行動力を組み合わせることで、効果的に業務を進めているという。
制度を周知し、急な事態も想定したカバー体制の工夫
お互いの事情を理解し支え合う職場に
一方で、従業員の雇用形態の違いから、勤務時間や出勤日にばらつきがあり、全員が会社にそろう時間が少ないことから、整備した制度を社内に周知する難しさもあったという。
解決の手段として、全従業員が参加する月1回の会議の場を有効に活用している。会社側が事前に作成した説明資料をあらかじめ社内に配付し、取り組む制度の内容や趣旨、目的についての認識合わせを丁寧に行っている。また社内イントラネットを活用して、就業規則や内部規定などの改定については、すぐさま全従業員に公開し、会社の取組を早く確実に届けるように工夫している。
さらに制度を拡充するだけでなく、運用するための職場の体制も整えている。計画的な有休だけでなく、家族の看病など従業員の突発的な休みや、早退しなくてはならないケースなど、起こり得るさまざまな事態を想定して、現場のカバー体制を整えている。一人に仕事が集中したり、自分の担当箇所しか分からないという状況にならないように、フォローし合える環境を構築しているのだ。
例えば営業部署では、顧客に対する担当者を二人体制にして、一人が休んでも、顧客への対応が遅れないようにしている。自費出版物の制作部署では、一冊の本の作成を複数で担当し、誰かが休んでも業務が滞らないよう工夫している。印刷部署では、全員がどの機械でも使えるよう、一人一人の技能を上げる多能工化を進めているという。
「従業員が増えてくると、いろいろな問題に直面します。休んでもらうとか、勤務時間を短くするだけでは解決しない事案もたくさんあります。しっかり個人面談をして、問題の本質や解決方法が何かを見極めることが大事です」と、田河内代表取締役は言う。
また、従業員がお互いの事情を理解し、お互いの価値観を尊重した上で支え合うという風土を定着させることが大切だとも話してくれた。
制度は、企業文化として根付かせることが大切
問題が起きた時こそ考えるチャンス
仕事と家庭を両立しやすい環境を整備してきた同社では、独身の従業員も、結婚や出産後も仕事を継続するという意識が高まり、育児休業を経て仕事を続けることが当たり前となっているという。さらに、男性従業員にも率先して育児に関わってほしいと、会社が積極的に男性従業員の育休取得を呼びかけている。
営業部営業企画課(caps介護・福祉サポート事業担当)主任の山根さんは、2015年(平成27年)11月に連続5日間の育児休暇を取得した。
「会社の呼びかけもあったので、取得しやすかったです。育児休暇中は、おむつを代えたりお風呂に入れたり、子どもと触れ合う時間がしっかり取れて良かったです。妻の大変さも実感しました」と仕事と家庭の両立への理解が深まったと話す。
同部署の潮さんは、産休と育休を取得して、今は短時間正社員として働く。
「妊娠して、仕事を続けるかどうかを悩んでいた時に、相談役から『戻っておいで』と力強く言ってもらい、本当にうれしかったです。育児休業中も会社や従業員のみんなから、頻繁に連絡があり、復帰前には働く女性に向けた社外セミナーにも参加させてもらえたので、安心して仕事に戻れました。休みもとても取りやすい雰囲気で、職場のメンバーもお互い様の気持ちでカバーし合っています」また、
「会社が従業員一人一人の事情をよく考えて対応してくれるので、働き続けられる安心感があります。これからも働き続けて会社に貢献したい」と語ってくれた。
こうした仕事と家庭の両立支援や、定年後の再雇用、個人の事情に対応した柔軟な雇用形態の整備などにより、同社では、従業員の雇用への安心感が全体的に増しているという。また、有給休暇の取得率も2016年度(平成28年度)は7割以上を達成した。
「今後、今は想像もできないような問題に直面することもあると思いますが、表面的な解決ではなく、根本的に解決したいと思います。制度を文書化して導入するだけでなく、社風や企業文化として根付くようにしていきたいです」と田河内代表取締役。
最後に、田河内代表取締役から力強い言葉を頂いた。
「問題が起きた時がチャンスです。問題にきちんと向き合って考えることこそ、働き方改革を前進する一歩ではないかと思います」